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環境事業開発

研究所だより

毎年恒例、研究所紹介(1)

2026-03-25
この季節になると、「新入社員に研究所の紹介をしてほしい。」との依頼が来ます。
実は私は内容を書き出したりまとめたりせず、ぶっつけ本番で話をしています。
時間に制限がありますし、会話の相手の表情から別方向に話題を膨らます事もあって、実は振り返ると「これ言ってなかった」「あれを言った方が良かった」と後悔する事もあります。
言いたい事は頭の中にあるから、などと思っていたのですが、しっかり文章化して残しておいた方が、後々の情報共有にも繋がる事に気付き、書き出してみようと思いました。
研究所紹介ではあまり触れない背景や沿革にも言及しようかと思います。
 
1.研究所設立のきっかけ
「地元を元気にしたい」「土建屋は壊してばかりというイメージを払拭したい」という二代目の谷村社長の思いから、研究所設立の計画が始まりました。
当時の谷村建設には、高山植物に詳しい小野建相談役がいました。さらに偶然にも、新潟大学農学部助教授をされていた上宮先生が地元糸魚川に戻られる事になり、このお二人がいるならとバイオ研究所(仮称)平成6年設立の流れとなりました。
 
2.研究所の目的
では何をするか?という話し合いでは「地元糸魚川を元気にする」という目的から、農業、農産品としてのササユリの栽培が提案されました。
糸魚川の職業別就職者は、兼業を含む農業が7割を占めていました(当時)。一方、ササユリは「栽培の難しいユリ」として有名でした。
山野草(高山植物)に近い性質を有している為でしたが、もし栽培に成功すれば「糸魚川独自の農産品になる」という期待もありました。
 
(2. 附) 研究所の目的その2(間接的な保護活動)
 当時は特に取り上げられていませんでしたが、実はこの手法は、糸魚川地域における間接的なササユリの保護活動として有効な方法です。
 知らないうちに地域に即したかなり有効な保護活動の基盤を作り始めていた、という「良い偶然」もここにはありました。
 
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